Segment Of Altemia - 1
１章 〜最終都市陥落〜
大勢の兵士らしき人間がたくさん集まっている。
どうやら村のようだ。そこに立っている看板には村名が書いてある。
リセロ村―――
「総員整列！！」
軍団の隊長らしき人物が号令をかけている。
「これより、神聖アルミナ王国へ侵攻を開始する。２時３０分ちょうどに、先遣の工作部隊がシール
ド発生装置を破壊する。そこを狙って歩兵部隊、アルテミア部隊は進攻せよ！！！」
そこで一人の若い兵士がまっすぐ手を上げる。
「何だそこ。質問か？」
「はい。今回は総隊長と方々も出陣なさるのですか？」
「その通りだ。私とサウル、コロシュタイン、イリヤの全員が出陣する。つまり！！私達に負け戦は
ありえない！！各人は肩の力を抜いて、出来るだけ王国の市街地を混乱させることに勤めよ。私達は
それぞれやるべきことをやりに行く。以上だ。」
総隊長と呼ばれた男は後ろを向いて軍隊を率いていく・・・・・・
この物語はある少年と王国の一日から始まる。
―――創世暦３１００年。
この世界『カンタベル』では創世暦という年号が使われている。１年は３６５日。４年に一度のうる
う年がある。
ジーク＝イクスフォードは市街地を抜け、王国の南にある王宮の門の前に向かっている。身長は１７
５ｃｍぐらい。ダークゴールドとでも言うのか、暗い金髪に、青い瞳。中々ハンサムな少年である。
『カンダベル』では基本的に、石灰岩を切り出して整備して作られた家がほとんどだが、つい１０年
ほど前、「鉄筋コンクリート」というロストテクノロジーが発掘されたとかで、コンクリート製の家
も数件ある。
ロストテクノロジーというのはおよそ３０００年前―――創世記より前の時代―――に栄えていた文
明で使われていたものが、地中や山中、或いは海底などから発掘されたもので、現在の技術では使用
こそすれ、解明は全く出来ないものが多い。
ロストテクノロジーはこの頃生活に浸透し始めている。実は王国の王宮内にも、移動用テレポーター
が存在する。城が建てられた３０００年前に一緒に創られたと言われているが、どういう原理で動い
ているのかどんな天才が解明しようとしても、何もわからないらしい。
実はジークもこのロストテクノロジーの１つを持っている。何かの光る円盤なのだが、何に使用する
のか全くわからない。周りの人も誰も見た事が無いらしいので、とりあえず、家の引き出しに放り込
んである。
ジークがふと右を向くと、看板に何か大きな文字が書いてある。
「何だあれ？」
とりあえず近づいてみてみると、
『創生暦３１００年目は記念の年！！アルテミア三神を深く信仰して、この大地を与えてくださった
神々に感謝の意を述べましょう！！』
などと書いてある。
「なんだ・・・・・。くだらない。またあの胡散臭い宗教団体か。」
ジークは看板の文字を一蹴して、再び城門に向かう。
この世界には言い伝えがある。
『３０００年前。この世界には、今では考えられないほど発達した文明があった。金属の塊が地を走
り、金属の塊が空を飛ぶ。そのような文明が。しかし、高度に発達した文明はある日突然滅び去る。
大地が荒れ果て、人が住める環境ではなくなり、もはや人間に生きる術は無いと思われた。だがその
時、アルテミア三神が現れる。三神は大地を創り人々を救った―――』と。
しかし、このような言い伝えは今やほとんど誰も信じていない。昔に高度な文明があったのは本当な
のだろう。ロストテクノロジーを見ればわかる。だが、三人の神がこの世界を救ったというのはずい
ぶん嘘くさい。本当に救うつもりなら、元の文明レベルに戻したはずだ。
もちろん信じている連中がいるから、このような宗教団体も出来るわけだが。
ジークは城門に着くと、兵士に話しかける。
今、ジークが入ろうとしている王宮は１２階建てのかなり大きな建物であり、それだけではなく城門
まで特大サイズだ。
「ジーク＝イクスフォード。国王直属騎士隊所属。開門をお願いします。」
そういうと、兵士はジークの身分証を確認して城門を開ける。
「了解いたしました。どうぞお通りください。」
ジークは『神聖アルミナ王国』の国王直属騎士隊配属の新人騎士。
直属とあって、その実力は騎士として確かなものである。
（さてと・・・・・。さっさと報告を済ませるか。）
ジークは飄々とした表情で、一人の男に近づいていく。
「隊長。見回り完了です。Ｂ４ブロックに異常はありませんでした。」
「ごくろうだったな、ジーク。今日はもう家で休んでいてもいいぞ。」
そう答えるはジャック＝イクスフォード。ジークの父親である。
４０歳を超えるが、恐ろしい筋肉は健在だ。王国一の力自慢だとも言われている。
ジャックは直属騎士隊の隊長をしているが、その前は科学者だったとかいう噂も実は結構飛び交って
いる。そもそも、王国出身でないという噂まである。まあ、その件に関しては誰が聞いてもはぐらか
されてまともに聞いたことはないのだが。
ジークは去り際に公務が終わったとばかりに、普通の口調に戻る。
「それにしても父さん。さすがにヴィーア帝国もこっちには攻めてこないんじゃないか？こっちの正
規軍はあっちの勢力に負けるとはいえ、精鋭揃い。アルテミアの部隊と組み合わせてもそう簡単に負
けはしないと思うけど。正直言って、王族直属が街の見回りなんておかしくないか？」
ジークは何気なく言ってみる。
２３年前まではこの世界は平和だった。
８の大国からなる世界が互いに協調して、繁栄の限りを極めてきた。
が、突如３０００年前の伝説の都市『アルテミア』の皇族血統を名乗る男が突如クーデターを起こす。
大国のうち一つが一夜にして消され、そしてその場所に「ヴィーア帝国」が建国される。
なぜ国が一夜にして滅んだかは未だにわからない。
わかっていることは、ヴィーア帝国はロストテクノロジーの発掘に一番力を注いでいること。そして
、強大な力を持つ４人衆「
実際、帝国は圧倒的な軍事力で１５年をかけて世界の９５％を支配するに至る。
帝国支配は独裁政治の始まりだった。
反逆するものは悉く処刑され、戦争に駆り出すアルテミアを半ば強制的に集めたりもしている。
この神聖アルミナ王国にしても、元は広い領土を誇っていたが、圧倒的軍事力に押され、リセロ村と
いう村を越えた辺りまで侵攻された。ほんの８年前のことである。
首都まで入られる寸前まで来たとき、王国は２０年前から総力をかけて研究していた対アルテミア妨
害シールドの開発に成功する。
アルテミアに戦線を破られなくなった事で、歩兵の能力で上回るアルミナ軍が奮闘。
リセロ村周辺に国境を定め、和平交渉を結び現在に至る。
アルテミアは、魔法を使う種族。外見的には人間の女性と全く変わらない。
実はアルテミアは稀少種族である。その稀少種族を戦闘に使うと言うのだから、かなり無茶な話でも
あるが。
大昔にはアルテミアの人身売買をするブローカーなども存在したらしいが、国側が保護をするなどし
て何とか数の保存に努めてきた。
しかし、この頃は血の薄いアルテミアが増えてきた。軍事用に使われるアルテミアも脅威とは完全に
は呼べなくなっている。そもそも、人間とアルテミアの外見は見分けられないので今の時代濃い血の
アルテミアというのはほとんど確認されていない。
さっきのアルテミア三神を先祖に持つ者達が、このアルテミアであるという伝説もあるが、それもま
たほとんど誰も信じていない。実はそれに飽き足らず、昔の人間も魔法が使えたなどという者もいる。
魔法は人間を力の媒介として発動しているらしい。だから、アルテミアは魔法を使うのに誰か人間一
人と契約し、契約印をお互いの体に刻み込まなければならない。また、一人のアルテミアは一人の人
間と契約すると、どちらかが死ぬまで契約は破棄出来ない原則がある。
シールドの効果はその契約印を効果範囲内で無効化するという代物だ。ある意味、一時的な契約破棄
と言っても過言ではない。
そういうことは知っているので、敢てジークは言ってみる。
が、
「馬鹿者！！いくら防御網を張っていようが破られれば終わりだ。臣民に被害及ばぬよう、日々警戒
を怠らず、練磨絶やさぬようにせねばならないのだ！！」
ジャックは声を荒げて言う。
「そうお前には何度も言っているだろう。いくら我らの武力が優れていようと、それで護ることので
きる・・・・」
ジャックが説教を始めると、ジークはまたかと言わんばかりに手を振って、
「わかってる。もう何度も聞いた。じゃあ、俺は先に引き上げるから。」
と言って王宮居住区に入っていく。
ジャックはこれまたいつもの事と言わんばかりの表情をして、
「まったくあの馬鹿息子は・・・。」と、呆れてため息をついた。
ジークは王宮居住区内にある自分の家に向かっている。
ついさっき、父親にいつものことを言われ若干いらだっている。
言われなくてもわかってはいる。だが、実際この８年何も起こっていないではないか。
自分の考えを何とか正当化しようと考えを巡らしていてまともに前を見ていなかったので、家の角で
ジークは誰かとぶつかってしまった。
「きゃうっ！」
変な声がして下を見てみると、そこにはメイドの格好をした可愛らしい女の子が尻餅をついている。
その女の子は身長はジークよりずっと低く１５０ｃｍぐらいだ。若干少し幼そうな顔をしている。キ
ウイフルーツの果肉に良く似た薄い黄緑色の目をしていて、目と同じ色のかかった長い髪を後ろでこ
れまた長いリボンで二つに分けてまとめている。肌は爪で引っかいたらそのまま切り裂けるんじゃな
いかと思うぐらいにつやがあり、見た目からしてもち肌だ。少し力を加えたら折れてしまいそうな体
に若干見合わないサイズの胸が、体にフィットしているメイド服によって必要ないぐらいに強調され
ているあたり、普通の人ならそっちに視線が行きそうな感じである。
彼女の名はエルマ＝ガーネット。
ジークの親友であるマルコ＝フレミング付きのメイドだった。
「ああ。すまない、エルマ。」
「あら？ジーク様。こんなお時間に珍しいですね♪」
ジークが差し伸べた手を見て初めて気づいたらしい。まばゆいばかりの笑顔で答える。
正直言って、物凄くかわいい。
（これはキャラ作りでやってるのだろうか・・・。それとも天然・・・？）
なんて意味のわからない考えを巡らしていると、エルマの後ろから一人の男が現れる。
「ジーク。もう今日はお上がりなのかい？」
そう言いながら近づいてくるのは、マルコ＝フレミング。ジークの唯一の親友だ。
父親が隊長をやっているせいか、昔から周りと壁がありがちだったジークに親しく接してくれた男だ。
ジークは正直言って心からマルコに感謝している。
マルコは漆黒の髪に、赤い目という一見ミスマッチな風貌だが、わけ隔てなく人に接し、そして人見
知りすること無いその性格は王宮内外問わず女性に人気がある。
ジークは新人ながら、王国一剣術に優れていると言われているが、マルコもそれに後れを取ることの
ない剣の腕前だ。それが人気に拍車をかけているのだろう。
さらに、ジークと同じ新人の国王直属騎士ということもある。
そういうところは、正直なところ少し嫉妬心をあおる。
「ああ。父さんが今日はもう帰って良いって。そういうお前こそ、こんな昼間からエルマを連れて何
をしてるんだ？今日は定休日だからって、自分付きのメイドとお忍びデートか？」
「えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ！？わっ、私なんかが、マルコ様とデートですか！
？めっそうも無いですぅ！勘違いですよ！勘違い！！」
マルコをからかったつもりなのに、エルマの方が過剰に反応する。
これは見ていて面白い。
ジークはマルコから矛先をエルマに変えて、もう少しからかってみる。
「お忍びデートなら、南の海岸のほうがいい。騎士しか立ち入れないし、邪魔者は入ってこないぞ？
行くなら早く行くんだな。」
「だから違いますってばぁ！！」
少し涙目になって必死に反論するエルマ。
それにしても―――面白すぎる。
もう一発かましてやろう。
「お前の親父さんには、『マルコは俺の頼みで出かけているので、遅くなります。』って伝えておい
てやるから安心して行って来いよ。」
「うぅ・・・・・・。いくらなんでも酷いです、ジーク様ぁ・・・・・・。」
ぐっ・・・。
少しやりすぎた。これはマズったなと思っていると、
「気は済んだかい、ジーク？これ以上やると、本当にエルマ泣いちゃうよ？」
とマルコはようやく口を開く。
どうやら、いらだっていた事はお見通しのようだ。
「全部お見通しってわけか・・・？」
「君と僕の付き合いは長いからね。それぐらいはすぐわかるよ。また、ジャックさんに怒られたんだ
ろう？」
微笑を浮かべながら、マルコは答える。
―――そう。ジークとマルコは幼馴染である。
ついでに言うと、エルマもであるが。
ジークが７歳のとき同じ剣の師匠の元で出会った。
その時、マルコ８歳。エルマ５歳。
もちろんの事だが、その時のエルマはマルコ付きのメイドではない。
既にそうなることは決まっていたが。
ジークとマルコは同じ剣の師匠の下で、お互いを高めあった。
春も夏も秋も冬も二人で剣を極めあうことが楽しかった。
実際、親友がマルコとエルマしかいなかったジークにとってはこの上なく幸せな時だった。
エルマは剣はしないので見ていただけだが、普通の子供と同じく遊ぶとき３人は世界中で一番の親友
と楽しい幼少時代を過ごした。
だが、５年前に師匠が死んでからは３人の状況はがらりと変わった。
師匠が死んでしまっては、自分たちでやるしかない。
ジークとマルコはお互いに顔を合わせることが殆ど無くなってしまった。
ジークは父親が隊長職に就いている。
マルコは生家がフレミング家という名門貴族である。
二人とも、当然ながら騎士になることが求められる。１３，４の少年達にはとてつもない
そして５年前はエルマが正式にマルコ付きのメイドになった年でもある。
お互いが多忙になり、顔を合わせる暇もそれほど無かったのである。
用事で街に出ることの多いエルマとだけは、結構会ったので全くお互いの状況がわからなかったわけ
ではないのだが。
そして、１年前。
５年に一度の騎士団の入隊試験が開かれる年。
入隊試験は意外と厳しく半年間、心技体全てを問われる過酷な試験である。
その時ジークとマルコは同じ班に入る。４年ぶりの再会と言っても過言ではない。
ジークはマルコが貴族の誇りがどうのこうのとか言い出しそうなことを激しく気にしていたが、彼は
昔と変わらぬ態度で接してくれた。
親友の感動の再会ほど、
二人は、本番の試験だというのに本来の力を十二分に発揮し、元々の実力もあって二人ともトップで
―――しかもジークは過去最年少タイで―――入団試験に合格したのだった。
「ああ、そうだな。俺達が出会ってもう１１年になるのか。時間が流れるのは速いな。今更だけど、
出会ったのが昨日のようなことに思えるな。」
郷愁に浸ったかのようにジークが答える。
「そうですねぇ。もう１１年ですかぁ・・・・。そろそろマルコ様も私の―――！！！」
「『私の・・・』がどうしたんだい？エルマ。」
「いっ、いやっ！！それはっ、そのっ！！なんでもないでありますよぉ〜！！」
かなり狼狽えたエルマにいぶかしむ顔を向けるマルコ。
ジークはたまたま知っているが、エルマは主人であり幼馴染であるマルコに好意を寄せている。
うすうす気付いていたジークは以前エルマに聞いてみたことがあるのだ。
その時、本人は必死に否定したのだが、顔を真っ赤にしてかなり早口でしゃべり、しかも全くろれつ
が回っていない辺りバレバレだったわけだが。
―――――（ちなみにその後、エルマはわざわざ白状した）
かなり際どい線を行っているが、騎士隊の同僚に「ニブチン王子」の異名を付けられるほどかなり鈍
感なマルコはそれに全く気付いていない。
まあどっちにしろ、貴族に嫁ぐことは無理であろう。
エルマは知らないのだが、もとよりマルコには許婚がいるのだ。
その辺りは哀れではある―――
などと考えていると、時計台が午後２時の鐘を鳴らす。
「マルコ。折角３人とも暇なんだから、俺の家に寄っていかないか？」
なんとなくジークはマルコを誘ってみる。
「うん、いいね。久しぶりにお邪魔させてもらうよ。エルマも一緒に行こうか。」
「はい。かしこまりました。」
初春のある日。午後の陽気はぽかぽかと暖かい。
３人はジークの家に向かっていく。
ジーク達が家に着いたのは５分後だった。
ドアを開けて入っていくと、台所で一人の女性がせっせと家事をしている。
カスミ＝イクスフォード。
ジークの母親である。性格は温厚。というか、天然ボケが入っている感じがたまに見られる。
「おかえりなさい、ジーク。騎士隊のお仕事はもういいの？」
「ああ、母さん。父さんが今日はもう帰っていいって言ったから。ところで悪いけど、マルコとエル
マが来てるんだ。俺もまだ昼飯を取ってないし、３人分お願いできるかな？」
「ええ、いいわよ。いらっしゃい。久しぶりね。マルコ君、エルマちゃん。」
カスミはそう言いながら食卓に４人分の水を出す。
匂いからして、今日の昼飯はカレーらしい。
食卓でエルマがそわそわしている。
「確かエルマはカレーが好きだったな。」
意外と顔に似合わず、エルマは辛い物好きなのだ。
「はい♪カレーは三度のご飯より大好きです♪」
「いや・・・・・。カレーはどこからどう見てもご飯だよ、エルマ・・・・・。」
無駄に的確なツッコミを入れる、マルコ。
「むぅ。そんな事を言っていたら、大物になれませんよ？マルコ様。」
頬を膨らませてエルマは文句を言う。この仕草も何かと可愛らしい。
それにしても今更になって思うが、エルマの口調は敬語とはいえかなり馴れ馴れしい。
いくら幼馴染だからといって、エルマとマルコは主従関係である。
普通の貴族の家だったら、即解雇だろう。
もっと厳しい家ならば殺されてしまうことだって普通にある。
結構この世界のメイド社会は厳しいのだ。
エルマが普通にメイドをやっていけるのはマルコの性格によるものが大きいのだろう。マルコはエル
マのそういう所をなんとも思っていないようだ。
そんな事を考えていると、昼飯のカレーが目の前に置かれる。
ジークの母―――カスミは料理が大の得意。
何気に創作料理までするという剛の者だ。
にも関わらず、掃除は大の苦手。何故かジークは毎週家の中を全部掃除させられるてん末である。洗
濯は普通にするのに不思議でしょうがない。
実は、カスミはジャックの契約アルテミアである。
真偽のほどはわからないが、若い頃はジャックと二人で色々と暴れまわっていたらしい。もし本当な
らジャックが振り回していたのか、それともカスミの天然ペースなのか激しく気になる。
それにしても、今日のカレーもうまそうだ。
早速食べようとスプーンを取ると、ふと変な事に気付く。
何故かエルマのカレーだけ、ジークやマルコの２倍も量がある。
さすがにこの量を食べるのは無理だろう。
いくら辛い物好きだからってそれは無いぞ―――とカスミに文句を言おうとすると、
「わあぁ。これ、全部食べて良いんですかぁ？」
なんとも幸せそうな顔である。
「ええ。もちろんよ〜。」
「わぁ〜い。ありがとうございます♥」
そう言うや否や、食べ始める。
ほんとにあの量を食べきるつもりらしい。
「ところでジーク、」
エルマを見ていたジークは慌てて、マルコの方を向いて、
「何だ？マルコ。」
とジークが聞き返すと、マルコは真剣な顔をしている。
マルコがそういう顔をするのは、結構重要な話だったりするのだ。
ジークもまた、真剣な顔つきになってマルコの顔を見る。
「本当かどうかはわからないが、騎士隊の中に誰か内通者がいるらしいんだ。」
「・・・・・何だと？」
「昨夜、帝国側の工作員がシールドの発生装置を一つ破壊したらしいんだよ。ほら。発生装置がある
場所は僕達直属の騎士隊しか知らないだろう？全部で３つあるうち、一番見つけにくい地下通路のが
破壊されてる。これは内通者がいるとしか考えられないだろう？」
「確かにな・・・。だが、本当に内通者なのか？帝国側の奴が独自にやった可能性は・・・。」
「それは薄いよ。通路内を把握無しには誰にも見つからずに進むなんてことはできないよ。」
「そうか・・・。」
対アルテミア妨害シールド―――原理的には、シールド内外の境界線にアルテミアの嫌う特殊な電磁
波を発生させ、通過しようとするアルテミアを妨害するものだ。アルミナにはアルテミナ専用のゲー
トが４箇所ある。そこを通らなければ、アルテミアは出入りすることができないのだ。過去に何度か
帝国が協定を破って攻め込んできたが、この防御線のおかげで未だ首都には入られていない。
「しかし、内通者がいるとは・・・。」
ジークは嫌な予感がした。
このまま、帝国と王国の全面戦争になるのではないか。この暖かな日々が壊れてしまうのではないか
、と。
「今、王国の正規軍が全力で他の２つを護ってる。３つ目が復旧されるたら、きっと大丈夫だよジー
ク。」
マルコは励ますように言った。
それもそうかもしれない。
きっと取り越し苦労だ。
なんとなくエルマの方を見てみると、―――
「ふぅ〜。おいしかった。ごちそうさまでした！」
なんともＫ．Ｙ．な発言である。
しかしジークは別のところに驚いた。
あの量のカレーをあの短時間で完食している。
凄い胃袋の持ち主だ。あんな量は普通の少女の食べられるわけはない。
すると、エルマは不思議そうな顔をして顔を向けてくる。
「ジーク様？どうかされたんですか？」
どうやら、今さっきの話を全く聞いていなかったらしい。
「ジーク様もマルコ様も全然お食事が進んでないじゃないですか。冷めちゃいますよ？」
これまたＫ．Ｙ．な発言である。
「エルマ・・・・・。お前・・・・・。」
「・・・・・？何ですか？」
「いや。なんでもない・・・・・。」
恐らく、この状況何を言っても無駄だろう・・・。
自分のカレーを食べようと再びスプーンを取ったその時―――
バタンッ！！！
家の扉が勢いよく開く。それと同時に、伝達部隊の男が一人入ってきた。
「ここにおられましたか！！！ジーク様、マルコ様！！！」
「何だ！？緊急か！？」
「はっ！シールドの発生装置の残り二つが全て同時に破壊されました！！それと同時に、ヴィーア帝
国の軍勢が進行を開始しております！！！」
ジークの嫌な予感は、かなり嫌なタイミングで的中する。
「まさか・・・・・。いくらなんでも早すぎる。敵の現在位置は？」
「ゲート北方１ｋｍです！！」
「マルコ様・・・・・。」
エルマが心配そうな顔でマルコに近づく。
「ジーク。行こう。」
「ああ！！！」
二人は駆け出そうとする。
が、エルマがその前に叫んだ。
「私も連れて行ってください！！！一応戦闘経験はあるし、それなりに戦えます！！」
エルマが必死に頼み込む。
実は、エルマは服の間に『サブマシンガン』という銃を１丁隠し持っている。
何でも本人曰く「マルコ様の護衛も兼ねてますから！！」らしい。
でも正直、護衛のためにサブマシンガンを隠し持っているメイドがどの世界にいるんだろうと思う。
一度エルマの射撃の腕を見たが、かなりの腕だった。
そもそも、銃は今の技術では再現ができない。というより、再現しようとすると何故か必ず失敗する
。ゆえにロストテクノロジーとして発掘された分―――１０丁しかこの世界に存在しない。
これは大変珍しいのだ。
いくらフレミング家が名門貴族であっても、ロストテクノロジーの賜物であるサブマシンガンを簡単
に手に入れられるわけはないし、ましてやメイドであるエルマに与えられているのは不思議ではあっ
た。
正直、マルコと一緒なら連れて行っても大丈夫なんじゃないかと思うジークであったが、
「だめだよ、エルマ。これは、侵入者撃退とかそういう次元じゃない。これは、戦争なんだ。君を連
れて行くわけにはいかないよ。」
とマルコは引き止める。
「ですが！！」
「頼むから、屋敷に帰っていて。僕は君を失いたくは無いんだ。」
「でも・・・・・・。」
これでは埒が明かない。
確かにマルコもエルマのことを大切に思っているのだろう。
しかし。何よりエルマが行きたがっている。
（ここは、行かせてやるべきだろう。）
そう思ったジークは、マルコの肩に手を乗せる。
「マルコ。エルマが行きたがっているなら連れて行こう。」
「ジーク！！！それは、あまりに危険だよ！」
「わかっている。だが、エルマの気持ちも考えてやれ。それに、いくら危険だからといって俺達が付
いている限りエルマには何人たりとも触れさせない。そうだろう？」
ジークは心からそう思う。
騎士たる者、一人の人間を護れなくてはいけない。
ましてや、大切な友で、大切な人である。
どうやらその意はマルコにも伝わったらしい。
「わかったよ。ジークがそこまで言うなら、エルマも一緒に行こう。」
「はい！！」
ジークは自分の剣を手に取る。
「行くぞ！！」
「隊長！！」
ジーク、マルコ、エルマの三人がジャックの元に走ってくる。
ジャックはといえば、もちろん騎士隊に指示を出し方々に走らせている。
実は、国王直属の騎士隊の名を「ＥＬＲ」と言う。
が、その名称は隊長であるジャックしか知らない。
聞いた話では「エマージェンシー・ラピッド・レギオン」（緊急速攻部隊）が縮められて付けられた
名前らしいが、本当のことはジャックすらも知らない。というより、誰も知らないのだ。
恐らく３０００年の歴史の間に風化して使われなくなったのだろう。
今は皆が「騎士隊」と呼ぶから、ジャック自身も気にしてはいない。
とにかく「ＥＬＲ」とは、緊急時に問題を即座に解決する軍団。そういうことになる。
そういう精神だけは受け継がれているので、緊急時となれば戦うだけで済む正規軍とは遥かに労力の
差が大きい。だから、入隊試験でもトップクラスの者達しか入ることはできない。
あくまで、カスミやエルマが参戦できるのは隊員の補佐という立場だけだからである。
普通の隊員は、同じく「ＥＬＲ」に所属するアルテミアやパートナーと共に行動したりするのだ。
忙しく指示を出していたジャックも、ジークたちの姿に気付き、歩み寄ってくる。
「遅かったじゃないか。」
「申し訳ありません。」
３人は頭を下げる。
「まあ、いい。お前達は王宮に入って王の護衛をしろ。今、正規軍もが出払ってがら空きだ。地下通
路から入られたらひとたまりも無い。俺も指示を出したらすぐに向かう。」
そう言われたジークはすぐさま王宮に駆け出そうとするが、すぐに歩を止める。
「そういや・・・・・。現在の帝国の進行状況は？」
そう。これは一番重要なことだ。王国に入られると状況は危機的だ。
マルコもエルマも深刻な顔をしてジャックを見る。
本当は正規軍が食い止めていると信じたい。だが、今郊外で起こっている怒声や轟音、敵軍勢の勝ち
鬨が自然に耳に入ってくる。わかっていても信じたくない。そんな状況が既に音から聞いて取れる。
「・・・・・・お前達も見ればわかるだろう・・・・・。ホラ。帝国軍のお出ましだ！！！」
確かに、王国に向かって入ってくる軍勢が見える。
今、平和な日常は終わった。恐らく勢力から言えば、アルミナは圧倒的に不利だろう。
だが、そんなことは言ってられない。今は自分にできることをしなくてはならない。
「さあ！！早く王宮に向かえ！！！命に代えても、国王をお守りするのだ！！」
ジャックは叫ぶ。
「よし！行くぞ！！」
今、３人は王宮に向かって駆け出した。
王宮の正門は今や誰も護っていない。
王国侵入を阻むのに殆どの人員を費やしているらしい。
「・・・・・・本当に・・・・・始まってしまったんですね・・・・。」
エルマがつぶやく。
いくら戦闘経験があって自分から着いて来たとはいえ、その辺りは女の子といったところか。かすか
に体が震えている。ジークやマルコは実は入隊して１年とはいえ、かなりの出動回数を重ねている。
実際問題、実戦経験、度胸共にかなり培われてきているのだ。それに比べエルマは本来、気弱なただ
のメイドだ。この辺りから、既にジークは自分の発言を悔やんだ。
（しまった。俺は何を考えているんだ・・・・・。血が大量に流れる戦争なんかにエルマを連れてき
ていいはずが無い・・・・・。くそっ！！）
しかし、今更引き返せとは言えない。
そういう自分に腹が立つ。
幼い頃―――８年ぐらい前。
南の海岸にこっそり遊びに行こうとジークが言い出したとき。
その時もマルコは行くことを反対した。
が、エルマが行ってみたいというのでジークはマルコの反対を無視した。
その頃はまだ、ジークがエルマを好いていた時の話ではあるが。
心が躍った。エルマと行けるならきっと楽しいに違いないと。
目先の嬉しさに囚われて、後のことを何も考えていなかった。
王国は３方を海に囲まれているが、軍事上の理由で一般人の立ち入りは許可されていない。
つまり、３人は海を見たことが無かった。
はじめて見た海は綺麗だった。海岸で時を忘れて日が暮れるまで遊んだ。
が、いざ帰ろうとしたときエルマが転んで怪我をしてしまう。
さすがに力も弱いので背負って帰ることなどできない。
途方に暮れているところ、３人が消えたことに気付いたジャックが迎えに来た。
立ち入り禁止地区でジャック以外の者に見つかれば殺されてしまっても文句は言えない。その時はジ
ャックがうまく揉み消してくれたが、実際他の騎士隊員に見つかってしまった場合、怪我をしたエル
マを連れて逃げることはおろか、剣で戦うこともできない。
エルマは怖さで泣いていた。
ジークにはあの顔が忘れられない。
自分がエルマを死に追いやってしまったかも知れない可能性におののく。
その後、マルコやエルマはジークを攻めはしなかった。
それが逆に罪悪感を煽る。
―――そういう事を思い出していると胸の辺りがズキリと痛む。
ここでジークの顔がほんの少し曇ったのをマルコは見逃さなかった。
相変わらず、凄い洞察力である。
読心術でも心得ているんだろうか・・・・・。
「ジーク。今は僕達にできることをやるしかない。一度してしまった選択を後悔しても仕方が無いん
だ。とにかく、王座の間に向かおう。」
マルコはどうしていつも友を励ますんだろうか。
ジークは改めてマルコとの友情を再確認した。マルコとエルマとなら、王国だって護れてしまう気が
した。
「そうだな・・・・・。すまない、マルコ。」
そう言いながら、ジークは宮殿の入り口の扉を蹴り開ける。
ただっぴろい空間には誰もいず、何の音もしない。
どうやら今のところ進入はされていないらしい。
「しかし・・・・・。王宮の間は１２階。地下通路から入られると、まずいな・・・・・。」
ジークは呟いた。
城の抜け穴は３つあってそれぞれ、３階、５階、８階に繋がっている。
しかも、普通の階段は螺旋回廊のように単純な構造ではなく、散在しているので中々上に登ることは
できない。８階辺りに侵入されてはひとたまりも無い。
そんな複雑な構造をしているのは、３０００年前にこの城を立てた国王が、侵入者対策用に考案した
ものらしい。
ジーク達はまず、正面の２階へ上る。
３階への階段は左に曲がって８０メートル進んだところか、右に５０メートル進んだ場所、それから
裏口から入れる通路にある。
３階へ上るには右の階段のほうが早いが、３階から４階へ上る階段は左から行ったほうが結果的には
速い。
迷わず左に曲がる。
相変わらず不気味なぐらい静かだ。誰かが潜んでいそうな雰囲気である。
警戒しながら進んでいると、前方の階段の影から誰かの手が見える。
ここでは罠とは考えにくい。となれば、王国の者だ。
既に誰かが侵入していてやられたのかもしれない。
近づいてみると、見知った顔であった。
騎士隊の中でもベテラン中のベテラン。ジーク達にしてみれば大先輩に当たる。マックという男が血
を流して倒れている。
ジークは慌てて駆け寄る。
「マックさん！！一体何があったんですか！？」
よく見ると左足が斬りおとされている。恐らく足を失ってバランスを崩し階下に転げ落ちたのだろう
。頭からも血を流している。
「・・・・うっ・・・・。・・・・ジーク・・・・・か・・・・？・・・・国王が・・・・危ない・
・・・。・・・・・
『コロ・・・・シュタ・・・イン＝・・・ムカーウェル』・・・・・が・・・・。」
そう言うや否や、マックは力尽きる。
それにしても、今の話は３人には絶望的だ。
ヴィーア帝国の最強４人衆。
さすがにアルテミア無しでまともに戦えるわけが無い。
ベテランのマックですらこのザマなのだ。
見つかると、ほぼ死は確定だろう。
かと言ってこのままでは国王が危ない。
ジーク達は３階に急ぐ。
実は国王といっても、まだ２８歳。
それに、武芸を嗜んでいるだけあって雑魚兵にやられたりはしないだろう。だが、それが『帝国の四
神』なら話は別だ。アルテミアである女王が参戦したところで、持って３分だろう。
ここは本当に早く行かなくてはいけない。
階段の半分ぐらいに差し掛かった時、
「ジーク様！！四神が来てるならテレポーターで先回りすればいいんじゃないでしょうか！？」
エルマが叫んだ。
「確かに・・・・・。テレポーターなら先回りできるかもしれない・・・・。行ってみようか、ジー
ク。」
確かに。３階から上の王宮には上階層へのテレポーターがある。それを使えば簡単に１２階に上れて
しまうのだ。テレポーターを使えば、国王を連れて脱出することも簡単だろう。
しかし、ジークは首を横に振る。
「父さんから聞いたんだが、この城のテレポーターは緊急時には使えなくなるらしい。テレポーター
を敵に使われると危機に追い込まれるのは自分達だからな。」
「じゃあ・・・・・？」
「ああ。今は地道に階段を登るしかない。テレポーターを探しに行く時間のほうが無駄だ。」
その通りである。テレポーターは緊急時には逆に敵の進行路を増やすだけである。ならば、隠し通路
から逃げたほうがずっと安全である。
しかし、今回は隠し通路は敵に抑えられている可能性が高い。
やはり一刻も早く１２階まで上らなくてはならないのだ。
ジーク達が３階に到達し、次の階段に向かうために右に曲がる。―――すると、３人の男に遭遇して
しまった。
帝国軍だ―――。
どうもかなりの人数が王宮内に侵入しているらしい。
微かではあるがさっきは聞こえなかった、剣の音などが聞こえてくる。
すると突然、前方の男達―――帝国軍の兵士がしゃべる。
「ふん！！まだいたか、王国の犬め。だが、ここでくたばるがいい！！！」
そう言うか言い終わらないうちに切りかかって来る。
だが、その程度でうろたえるジーク達ではない。
ジークも強く地面を蹴り、加速する。
まず、一人目とすれ違い様に斬り伏せる。
そのままの勢いを利用して、左足での上段後ろ回し蹴り。
２人目がそのまま吹き飛ぶ。
そして、ジークに切りかかろうとして隙だらけの３人目をマルコが斬って終わり。
若干２０秒ほどで３人が片付く。
「ふわぁ〜。凄いですねぇ〜！！さっすが、ジーク様とマルコ様！！あっという間です！！」
エルマが感心したような声を上げる。
だが、二人とも当然のように振舞う。まあ、実際今の連中程度の腕では、足が千切れてでもいなけれ
ば、まず負けることなど普通にありえない。それに、あの程度の雑魚に時間を費やしていては、師匠
の名を下げることにもなる。
「ほら。モタモタしている暇は無い。急ぐぞ！！」
ジークたちは再び駆け出す。
４回への階段を上り、５階への階段を上る。
地下通路と繋がる５階。やはり、相当な打撃を受けていることは間違いない。
覚悟を決めて階段を上りきった５階には想像を絶する光景が広がっていた。
どうも、
たった数分前まで人間だったモノが無残に転がっている。
どれもこれも、基本的に人の形をとどめていない。
平和な時だったら、惨殺事件で新聞に取り上げられるだろう。
が、今は戦争中だ。
それに、いくら一般兵士がたくさんいてもこんなことはまずできない。
まともな人間の心を持っていたらこんなことはできないだろう。
マルコは、エルマにこの光景を見せないように自分の胸にエルマの顔を押し付け抱き寄せている。
１７歳の少女にはさすがに、この目の前に広がる光景にはトラウマを刻みかねない。
ジークやマルコにしたってこの光景はやはり目を覆いたくなる光景だった。
ジークはふと目の前に書いてある文字に気付く。
何かが、血文字で書かれている。
「・・・・・・。サウル・・・・＝・・・・・フェレイラ・・・・・参・・・・上・・・？」
ジークが読み上げると、マルコが激しく反応する。
「サウル＝フェレイラだって・・・・・！？これは最悪だ・・・・。」
サウル＝フェレイラ―――ヴィーア帝国の誇る最強の４人衆・
二つ名を『連鎖殺戮』という。
狂気の虜で性格は極めて残忍。
『連鎖殺戮』という二つ名どおり、武器である鎖鎌を使って笑いながら人を殺す。
単なる狂人だ。
ただでさえも遭遇したくない、コロシュタイン＝ムカーウェルもいるというのに、四神が二人も城内
にいるなんて最悪としか言いようが無い。
その時、ジークは一つだけサウルに関する有用な情報を思い出す。
「・・・・・。そういや・・・・。サウル＝フェレイラはあまりの残忍さにアルテミアを付けられて
いないと聞いたことがある。仮に遭遇しても、コロシュタイン＝ムカーウェルと一緒に居なければ・
・・・・。」
「僕達でも、倒すとはいかなくても時間稼ぎぐらいはできる・・・・・？」
「ああ。そうすれば、一人が足止めしてその間に国王を連れて脱出する。それだって可能だ。」
「あの・・・・・。じゃあ、私は・・・・・。」
エルマが心配そうに聞く。
さすがに二人のレベルまで届かないエルマは、四神と遭遇すれば間違いなく足手まといになるだろう
。エルマ自身もそれをよく理解しているらしい。
それを悟ったマルコが
「そうなった時は、エルマはジークと一緒に国王を迎えに行ってくれ。僕が奴を食い止める役を引き
受けるよ。」
と提案する。
ちょっと信じられない提案だった。いくらなんでも、自分から四神に戦いを挑むと言い出すとはさす
がに耳を疑った。
「馬鹿を言うな！！お前がエルマに付き添ってやれよ！！」
ジークは思わず叫ぶ。
だが、マルコは首を振りながら
「いいや。剣の腕では僕より上の君なら必ずエルマを護り通せる。それに、僕は君と違って国王にそ
れほど信頼されてはいないからね。」
そう言いながら、マルコは６階に向かって歩き始めた。
「お・・・・・おい！！マルコ！！」
ジークも慌ててマルコを追いかける。
床に落ちている肉片を踏みつけるのは、なんとも気持ち悪い感覚だ。
辺りに血の匂いが充満していて、今にも吐きそうになる。
マルコに追いついたジークはもう一回マルコに聞いてみる。
自分のせいで友に死んでほしくなかった。
だが―――
「ジーク。僕達は、国王直属の騎士隊だ。最初から死なんか恐れていない。そうだろ？だから、僕の
ことは心配しなくてもいい。」
「マルコ・・・・・・。」
「さぁ。さっさと上ろう、ジーク！！！」
確かにそうかも知れない。騎士隊に入った時点で、生死は国王次第。今の言葉は自分で自分の誇りを
汚すことなのかもしれない。かと言って納得する気も無かったが、とりあえずここは従っておくこと
にする。
６階には帝国軍兵士が数人いたが、階段方向にいる兵士はジークとマルコが斬り伏せ、追っ手はエル
マが銃で撃って倒してしまったので一番遠い位置にある階段に着くのに時間はかからなかった。
エルマの使うサブマシンガンは『Ｊ＆Ｐ ＭＰ７』と言う型式で、1.2kgと軽量で、かつ最大連射数が
４０発という中々の優れものだ。昔の人が使うのには凄い反動があったのだろうが、片手撃ちができ
るように『アンチショック』という技術が組み込まれている。
誰も知らないが、この技術は創世記になってから創られたもので世界に３台しかない。
これまた、エルマが所持しているところがかなりの謎である。
本人に聞いたところ、銃弾のストックなどは知り合いのアルテミアに創ってもらっているらしい。
そういうこともあって、弾切れしない限りはエルマはかなり有利である。
仲間がいるとあまり使えないのが難点ではあるが。
そうしている間に７階への階段に着く。
ここまで来ると、帝国軍兵士の死体よりも、王国側の死体のほうが数が多くなっている。
さっきも、廊下に城のメイドが倒れていた。
そして、７階、８階と上りきったとき。最悪の状態が訪れる。
サウル＝フェレイラだ。
どうも、この階でも殺戮ショーを愉しんでいたらしい。
辺りは血だらけで、本人も返り血を大量に浴びている。
それを見たマルコが一歩前に出る。
そして、
「ジーク。さっき言った通りに行ってくれ。」
と言ってマルコが諭す。
やっぱり自分が戦うと言いたかったジークだが、その前にマルコがサウルに立ち向かっていく。
「はああああああああああああああぁぁぁぁぁっっ！！！！」
マルコは一刀両断の体勢で斬り込んで行く。
剣速はかなりのものだったが、サウルは間一髪鎖鎌の鎖で斬撃を受け止める。
「へぇ・・・・・・。俺とまともに戦える奴がいたのかよ。くはははははは！！！！！！！おもしれ
え！！！愉しんでから分解してやっから、俺が満足するまでくたばんなよ！？」
サウルはそう言うと、マルコを弾き飛ばして体勢をとる。
マルコは弾かれてもすぐに体勢を取り直す。
そして、サウルと向き合う。
「サウル＝フェレイラ。『連鎖殺戮』。君は僕が討ち取るよ。」
「おもしれぇ！！」
二人が戦闘に入る。すさまじい戦いだ。サウルは四神らしく恐ろしく強いが、マルコだって遅れは取
っていない。
それにこの状況。下手に入り込めばマルコの居合いを乱すだろう。
ジークはエルマの手を引いて逆方向に向かう。
７階は階段が一番多い。
全部で８つ。
そのうち、一番近いところを選んで進む。
８階を通り過ぎ、９階、１０階と上った時、ジークは帝国軍兵士に周りを囲まれる。
ジークは２階層も連続で誰もいなかったことに疑問を持たなかった自分の迂闊さを責めた。
さすがにエルマを護りながら、この狭い通路で戦うのは無理がある。
なるべく避けたい事態だったが、ここはエルマにも戦ってもらうしかない。
「エルマ。すまないが俺と一緒に戦ってくれ。お前へは俺が一切攻撃を通させはしない。この状況、
情けない話だが狭くてうまく包囲を破ろうにも破れない。早く国王を救出して、マルコを助けに行か
なければならないんだ。だから、頼む！！」
エルマは少しびっくりする。
少なくとも、エルマの前ではジークはこんなに頼み込むことは無かった。
こういう状況下であるからかもしれないが、国王やマルコを助けたいと言うジークの気持ちが伝わっ
てくる。
でも、エルマはそんな事を言われなくても最初から戦うつもりだった。
自分でついて来たのだ。戦うためにここに来たのだ。
今ここで、怖気づいてしまうわけにはいかない。
覚悟を決めた。いや、決めなくてはならない。
「もちろんです、ジーク様・・・・・・。マルコ様に仕える者として、マルコ様の御友人であられる
貴方をこの私、エルマがこの手で護り通します！！」
そういうと同時に、エルマは『Ｊ＆Ｐ』で銃撃を始める。
銃撃を始めたと同時に、３，４人がすぐに倒れる。
凄い威力だ。並みの一般兵士がエルマと
それを見て、ジークも敵に向かって加速する。
一番オーソドックスな、突進による体重をかけた一撃が敵を両断する。ジークは愛用の剣を抜刀する
。白銀の刃が鞘から現れ、一瞬のうちにして煌く。そして今度は縦に斬るのではなく横に斬る。
刀身が１．５メートルもある剣―――それがジークの愛用の武器だ。
そのリーチの長さが、たった一斬撃で敵兵士３人を斬り伏せる。
そこで新たに二人が斬り込んでくるが、少しも慌てない。
大振りな斬撃の後は隙だらけである。ならばそれを解消するにはどうすればいいか。
重い剣を放してしまえばいい。
ジークは薙ぎ払った勢いのまま剣を投げ捨てる。
そのまま体のバネを利用して、瞬時に回し蹴り攻撃に転じる。
鎧のついていないわき腹にヒット―――そのまま吹き飛んでいく。
そしてもう一人は素手で剣を受け流して後頭部を打撃して気絶させる。
その後、投げた後に壁に突き刺さっていた剣を回収して残りの二人をあっという間に斬り伏せる。
目の前の敵がいなくなったのもつかぬ間、
「きゃあっ！！」
エルマの悲鳴が聞こえた。
慌てて後ろを振り向くと銃を構えてはいるが、残った兵士一人に斬られそうになっている。
銃弾の再装填中に攻撃されてしまったらしい。
「くそっ！！」
ジークは慌てて引き返す。
後５メートル、４メートル。
間に合わない。
（くそっ！！だが・・・・・・！！間に合わせる！！）
ジークは猛烈な加速をかける。
恐らくこれが「火事場の馬鹿力」という奴なのだろう。骨や筋肉が軋む。でも、そんな事は関係ない
。エルマは必ずや護ってやる。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉ！！！」
後２メートル。
叫び声に気付いた敵兵士は、少なくとも一人はとばかりにエルマに凶刃を向ける。
残り１メートル。
剣を構えているような暇は無い。
（ならば、自らの体で受け止めるのみ！！）
「ぐううぅぅう・・・・！！！」
鎧に当たって直接斬られはしなかったが、重い衝撃がジークに走る。
さらに悪いことに体勢を崩してしまう。
相手が再び剣を振り下ろすのが見えた。
さすがに今度は、自分が殺されるだろう。
（ちくしょおおぉぉぉ・・・・・！！ここまでか・・・・・！）
ジークは目をつぶる。
だが。
耳元で凄まじい銃の連射音と、炸裂音が聞こえた。
ドサッ―――誰かが倒れる音がする。
ジークが恐る恐る目を開けると、さっき自分を殺そうとしていた兵士が頭を撃ち抜かれ、吹き飛ばさ
れて死んでいる。
どうも、再装填を終えたエルマが撃ったらしい。
エルマが蒼い顔でジークを見ている。
「ジーク様・・・・・・。申し訳・・・・・ありません・・・・・。」
「大丈夫かエルマ？」
「あ・・・・・。はい。」
そう言うと、ジークはエルマの手を取り抱き起こす。
まださっきの自分の銃撃にショックを受けているようだが、今はそんなことは言ってられない。
「さあ。早く１２階まで上り切ろう。後たった２階だ。後悔したりするのは、そのときでもきっと遅
くは無い。」
そう言うと、ジークは改めて走り出す。
エルマも残る気力を全て振り絞ってついて行く。
１１階。
敵を薙ぎ払って先に進む。
階段の前に敵がいたが、エルマが『Ｊ＆Ｐ』で撃って倒す。
もはや二人は、１２階に上るのにどんな手段も講じなかった。完全にそうなったわけではない。でも
、今や二人は１２階へ上るための
そして遂に１２階へとたどり着く。
奥のほうで金属音がしている。
どうやら、王座の間まで入られてしまったらしい。
まだコロシュタイン＝ムカーウェルとは遭遇していない。
しかし、国王が戦っている辺りコロシュタインは王座の間にはいなさそうだ。
ジークとエルマは意を決して王座の間に入る。
そして飛び込んできた光景に二人は瞠目する。
１５人もの兵士と国王が相対している。
いくらアルテミアである女王がいても、この人数は戦い慣れしていない国王にはかなり厳しいものが
ある。
これは即座に援護しなければならない。
「陛下っ！！」
ジークは敵の集団に斬りこもうとする。
すると、女王が魔法を詠唱しだしたのが聞こえる。
『מְִזוּנוֹוָיוֹ וָתָשְִׁנוֹתֵיקְִאוֹגְ׳יוּבָּקוּשֵׂייוֹ』
突如としてジークは動けなくなる。
自分の足元を見ると、水の輪が足を拘束している。
女王がかけたらしいが、目的がわからない。
ジークは思わず叫ぶ。
「女王様！！なぜですか！！このままでは、この国は・・・・・・！！！」
滅ぶんでしまう。
皆が自分の国を失い、帝国による恐怖政治が世界を覆う。
だが、国王は笑ってそれに答える。
「ジーク＝イクスフォード。ジャックの息子よ。このままこの国は滅びる。だが、お前にはまだまだ
隠された力がある。だから、今ここから逃げて力を蓄えるのだ。そしていつか、帝国を倒し再びこの
世界に平和をもたらしてくれ。いいな？ジークよ！！！」
「ですが陛下！！」
「ふっ。真の漢ならばここは黙って承諾するものだ。これを受け取るが良い。」
そう言って国王は一振りの剣をジークの足元に投げつける。
黒い柄。何故か曲がった刀身。銅ではないのに銅色の刀身をした剣。
「我々王家に代々受け継がれる、秘剣『バルムンク』だ。これを持っていろ。この剣は世界に５kgし
か存在しないという金属でできている。それに紙のように軽く、切れ味も大変すばらしい。また、ア
ルテミアの魔法に対する耐性も付いている。」
そう言いながら、国王は女王の手を取る。
「そういうわけだ。後は頼んだぞ！！ジーク！！」
「ちょっ！！どういうことですか！！陛下！！」
「平和を取り戻せるのはもう貴方だけ。そういうことよ、ジーク。」
女王はそう言うと、再び何かを詠唱し始める。
「させるな！！アルミナ国王の首を取るんだ！！」
帝国側の兵士がそう叫び、一斉に襲い掛かる。
だが・・・・・・―――
『וָתָשְִׁהָאָנָתָאוֹמָמוֹרְִתָאְִ שֵׂיאְִנָרוּמְִזוּנְִתֵישׂוֹנוֹבֵּי רוּאוֹהָרוֹאוּ וָתָשְִׁנוֹאְִנוֹצְ׳צוּקְִרוּמָדֵי』
眩いエフェクトがジークとエルマの目に映る。
が、何が起こったのかはよくわからない。
そして突如、国王と女王は閃光を放つ。
眩しすぎて目が開けられない。
敵の悲鳴が聞こえる。前に進めない。まるで金縛りを掛けられたようだ。
それに熱い。一体何が起こっているのか。
すると、突然閃光が止む。そして、ジークはゆっくりと目を開ける。
瞠目した。
目の前の光景が信じられなかった。
ついさっきまで目の前にあって、今も目の前にあるべきものが存在しない。
ついさっきまで目の前にあったもの―――王座の辺りから先が何も無い。
ただ先の景色だけが見えている。美しく輝く海だけが。
敵はもちろん、国王も女王も消滅した。
死んだとかそういう次元じゃない。消滅だ。
ジークは思わず膝を突いて倒れこみ、絶叫した。
「陛下あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！！！！！！！！！！！」
今、神聖アルミナ王国は滅亡した。
「陛下・・・・。なぜ・・・・・・。どうして・・・・・・。」
誰か他の騎士隊の隊員が見ていたら、無様だと嘲るだろう。
だが、そんなことは気にせずにジークは涙を流す。目の前にある光景を―――現実を受け入れたくな
い。
「ジーク様・・・・・。」
エルマはジークの肩にそっと乗せる。
ジークは信じられなかった。国王を護るべき立場の自分の目の前で国王が死んだ。
騎士失格だとかそんなのどうでもいい。護るべきものを護れなかった。自分の国を失った。
激しい悲しみがジークを襲う。
だが、今の状況はこうして悲しみに暮れることを許してはくれない。
「ジーク様。マルコ様を・・・・・・。助けに行かなければなりません・・・・・・。」
そうだ。下に自分のために時間稼ぎをしてくれている友がいる。
生き残っているかわからなくても、行かなくてはならない。
ジークは自分の愛用の剣を捨てる。自分が騎士であった頃―――ついさっきまでの自分とは変わらな
くてはいけないから。国王との約束どおり、国を取り戻さなくてはいけないから。今までの自分と決
別しなくてはこの先を乗り越えられないから。
そしてジークは足元に転がる剣―――『バルムンク』を手にとって立ち上がる。
涙を拭い、元来た道を戻る。
８階でサウル＝フェレイラと戦っている友を助けるために。
ジーク達は１１階へ降りる。
廊下は再びここに来たときのように不気味なぐらい静まり返っている。
そして１０階へ降り、９階への階段を下りようとした時。
その階段から、マルコとジャックとカスミが上ってくる。
「マルコ！！父さん！！母さん！！」
カスミもジャックと共に行動するためについて来たらしい。
ジークは慌てて三人のもとに駆け寄る。
エルマもマルコを心配して後に続く。
「あのサウル＝フェレイラを倒したのか！？」
ジークは急き込んで聞く。
「いいや、違うよ。隊長が途中で助けに来てくれたんだ。」
「あんなのと渡り合っていたとは俺も驚いたぞ。」
ジャックが珍しく笑いながら言う。
「で、隊長と少し戦っただけであいつは撤退して行ったよ。でも、四神と同格に渡り合うなんてさす
が隊長はお強いですね。」
「あれ？母さんは戦わなかったのか？」
「えぇ〜。ジャックったら一人で・・・・・」
そこで、カスミが言い終わらないうちにジャックが口を挟む。
「ところでジーク。なぜお前はこんなところにいる？陛下はどうなされたのだ？」
「あ・・・・・・。」
ジークは自分の目の前で起こったことを、３人に話した。
国王が消滅したこと。国が滅んだこと。国王が自分に託した事を。
「―――というわけだ・・・・。」
「そうか・・・・・・。陛下が崩御なされたか・・・・・。」
ジャックは不意に顔を暗くする。
王に直接仕える者として、その悲しみは大きいのだろう。
だが、ジャックは精神的な部分が強いのだろう。それは、開き直りと言っても過言ではないが。
ジャックは一行に向き合って立ち上がる。
「これから我々は陛下の御望みどおり、アルミナを取り戻すべく動こう。全てはそれから始まる。」
その言葉にジーク達は皆心を引き締める。
「まずはこの階の隠し通路から地下通路に出て、アルミナから脱出する。その後、潜伏先はリセロ村
と決める。いいな！？」
「はいっ！！」
一同が地下通路に向かうべく振り返る。
だが・・・・・―――
「何やらみなさん楽しそうですねぇ。ですが。この私が見つけたからにはそうもいきませんよ？」
初老の男の声がする。
身長はゆうに185cmを超えているだろう。
さらに片手に持つ大剣―――何故かツルやツタが巻き付いてはいるが―――は身長ほどもあり、何と
凄まじい威圧感を放っている。
灰色のコート、シルクハットがダンディさと威圧感を増強している。
「コロシュタイン・・・・・・。」
「お久しぶりですね。ジャック、カスミ」
そのやり取りに、ジークは耳を疑う。
（自分の両親が・・・・・・。父さんと母さんはこの男と知り合いなのか・・・・・？）
普通の人は宿敵同士の繋がりだと思うだろうが、今の口調は明らかに昔からの知り合いとでも言う口
ぶりである。だが、そんな事は今はどうでもいい。どう考えたって―――いくら両親の知り合いだか
らといって―――この状況ではこの男は敵だ。
ジークはバルムンクに手をかける。
この状況なら。５対１なら自分達にも勝ち目はある。ジークはそう思ったからだ。
だが、瞬時にジャックに自分の目の前を遮られてしまう。
「父さん！！」
敵を庇うのかと文句をジークが言おうとするが、ジャックは全く予期しないことを言う。
「馬鹿をするなジーク。この男、アルテミアも無しにまともに戦える男ではない。少なくとも、さっ
きいたサウル＝フェレイラの小僧とは格が違う。天と地ほどもな。」
「なっ！？」
ジークは驚愕する。同じ四神で―――いくらアルテミアが居ないとはいえ―――そんなに差があるな
んて全く信じることができない。サウル＝フェレイラですらマルコが食い止めるのがやっとなのに、
格は天と地ほどの差があるという。そんな男、誰に倒せるのか。大体、どう見たって大剣一本で戦う
戦闘スタイルにしか見えない。それに、歳は４０を越えていそうだしどう考えたって筋肉量だって圧
倒的にジャックに劣っている。そんな男に自分やマルコが戦いを挑んで歯も立たないなんて全く信じ
られない。
「ここは俺が戦う。奴と同等に渡り合うぐらいはできる。その間に、お前達は地下通路から逃げろ。
俺にはカスミも居る。少なくとも、お前達が逃げ切れる時間戦い続けることは可能だ。」
「ですが、隊長！！」
マルコが引きとめようとする。
さすがに今後、ジャック無しでは旅路はかなり厳しい。自分より強い戦力を失うのは大きな痛手であ
る。だが―――
「正直な話、剣だけで戦うお前達が居ても足手纏いなだけだ。さっさと行け。」
ここまで言われては、撤退するしかない。
「わかりました、隊長・・・・・・・。」
「わかったよ父さん・・・・・。」
ジーク、マルコ、エルマは地下通路に向けて走り出す。
３人を見届けたジャックは改めてコロシュタインに向き合う。
「さて・・・・・・。本当に久しぶりだなコロシュタイン。１５年ぶりじゃねえか。」
「そうですね。貴方が私と袂を分けて早１５年ですか。いろいろ、再開の語りを酒でも呑み交わしな
がらしたいものですが、運命とはそう甘くも無いようですな。」
「全くだ。」
「それにカスミ。貴方は相変わらず美しい。あの時、私の元に残らなかったことが今でも心残りです
よ。」
「あら。言うじゃない、コロシュタイン？あなたは自分のやってることはわかってるんでしょう？な
らどういう思考回路を回せばそういう結論にたどり着くのか不思議でならないわ。」
「ふっ。それはどうでしょうね。」
１５年ぶりの再会を喜ぶわけでもなくジャックはイライラした様に、話をとぎる。
「御託はもういい。お前と戦うという事実は微塵も変わりはしないのだ。」
そう言うとジャックは右手を横にかざし、カスミを呼び寄せる。
「来い・・・・・。カスミ！！」
「ええ。久々に腕が鳴るわね。覚悟は良いかしら？コロシュタイン？」
「もちろんですよ。」
そうするとカスミが前に出て、何かを詠唱する。
『שֵׂינתוֹאוּמוֹ דוֹאוֹקָקוּצְ׳יוֹאוּקֵיאְִתָאְִנְִהֵינקוֹאוּ』
「ふっ。貴方との久々の手合わせ。楽しみですよ。ジャック、カスミ」
二人は雌雄を決すべく戦いを始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。」
ジーク達は地下通路を通っている。
８階の螺旋階段を下りてくるとこの区画に来ることができる。
どうも、８階の螺旋階段は長い間使われていなかったらしく、埃まみれで汚かった。床にはネズミが
這っていたし、誰のものかは知らないが折れて腐食しきった剣が２，３本落ちていた。使われていな
いというのに、階段が大理石で作られている辺りかなりの資金の無駄だとジークは思った。だが、そ
もそも３０００年の間に崩壊したり人々の記憶から風化されてしまっていないことのほうがもっと驚
きである。
この地下通路にしてもそうだ。
レンガ造りで薄汚いし、松明が照らし出す空間はぼんやりと明るく、かなり不気味である。この通路
の広さを考えれば、王宮内の通路の２．５倍ぐらいはありそうだ。隠し通路にしてはやけに広い。ジ
ークがどれだけがんばっても、薄暗さ以外でこの通路に脱出用地下通路とか、緊急避難通路とか言う
単語を当てはめることができない。
「ところでジーク。この３番地下通路ってどこに出るのか知っているのかい？」
ふとマルコが聞いてくる。
「聞いた話ではここは市街地のど真ん中に抜ける道らしい。方角的にはずっと北を向いているだろ？
そもそも、この８番通路は先代の女王が若いときにお忍びで市街地に出かけるときに使っていたらし
い。恐らくは３０００年前の国王もそういう目的でこの通路を作ったんだろうな。でなければ、避難
用にこんなバカ広い通路を作った国王はよっぽどの馬鹿だ。」
「うわ・・・・・・。昔の王様をバカ扱いですか・・・・・・。それはさすがに王様に失礼ですよ？」
「いや・・・・・・。さすがにと言うか、かなり失礼だよジーク。」
この非常時にマルコは無駄に的確なツッコミを入れてくる。
なぜこの男は国が滅び、逃亡しているというのにこんな的確なツッコミをするのだろうか。
しかしここでジークは上にはさらに上がいる事を思い知る。
「それにしても、どこの王様もお忍びが好きなんですねぇ〜。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
このＫ．Ｙ．な発言にジークとマルコの二人は絶句する。
さすがにこけそうになった。
「エルマ・・・・・。お前、もう少し空気読んだほうが良いぞ・・・・・・・？」
「へ・・・・・・？何のことですか？」
自覚が無いらしい。ジークはこれ以上言っても無駄だと思い、別の話題をふる。
「とにかくこの通路を出たら、市街地の真ん中に出る。帝国兵士がいるだろうから、くれぐれも気を
つけて出ろ。後は家影に隠れて王国から出れば大丈夫だろう。」
「わかったよ。」
マルコは答えて、さらに足を速める。
延々と薄暗い通路を走っていると、曲がり角が見えてきた。
「あそこだ！！あそこを曲がれば、出口に出られる！！」
ジークは早く出ようとさらに加速して、曲がり角を曲がる―――
その瞬間。
「！？」
右側面の壁が凄まじい勢いで砕け散った。
ジークは破壊された壁の破片を慌てて回避する。
爆発の先を目を凝らして見ると、粉塵の中に人影らしきものが見える。
「どうしたんだい？ジーク。」
「何か・・・・・。居る。あの先に。」
「え？」
と、粉塵の中の人影が動く。
ゆっくりとジークのほうに近づいてくるのがわかる。
まず腕が、そして足が、胴体が、最後に頭が姿を現す。
まるで海賊のような風貌だった。
その大男が口を開く。
「なんだ？ここでもねえのかよ。くそっ！！道に迷っちまった！！」
ジーク達がまるで居ないかの様な口ぶりである。
本当に迷子になったらしく、親を探す子供のように左右を見渡し、ジーク達が目指すべく出口の方向
に歩いていく。
壁を素手で破壊するほどの男をこのまま放置しておくのは危険だと思ったのか、ジークは剣を突きつ
けて大男に問う。
「貴様、何者だ？帝国の者か？」
「ああ？お前王国のモンか？」
「そうだ。だが、貴様は何者かと聞いている。答えろ。さまなくば斬るぞ。」
ジークは殺気を込めて言い放ったつもりだった。しかし、大男にはどうとも受け取られなかったらし
い。全く表情が変わらない。が、ジークのほうを振り向く。
「お前も運がねえな。俺の問いにそうだと答えれば助かったのによ。」
「！？」
「王国のモンならぶっ殺させてもらうぜ！？」
そう言うと、いきなり拳を固めて殴りかかってくる。
（だが、この程度の攻撃速度なら完全にガードできる！！）
ジークはバルムンクを縦にして防御体勢をとり、受け止めようとする。
完全に左フックを完璧にガードする理想的な体勢だ。
だが―――
ジークは不意に左方向への強烈な力を感じる。
「！？」
そして、自分の体が浮いたのが判ったときには既に壁に叩きつけられていた。
「ぐぅ・・・・・！！」
確かに。確かにガードしたはずだ。なのに、ジークは吹き飛ばされこうして今壁に叩きつけられた。
（なんという力だ・・・・・！こいつも四神なのか！？）
ジークは焦った。自分のせいでとんでもない敵を相手にしてしまった。
これでは脱出もあったものではない。
マルコも大男にかかっていく。
「はあああああああああぁぁっ！」
しかし、大男は薄笑いを浮かべる。
「ふん！さっきの剣は確かに凄い硬さだったが、お前の剣みたいな安物の金属で俺と戦えると思うな
よ？赤目の騎士さんよ！！」
今度はマルコに向かって右ストレートが飛ぶ。
マルコは下からの斬撃で回避しながら斬ろうとする。
だが、剣に合わせて放った拳が金属を砕く音がする。マルコの剣は砕け散り、飛んできた拳がヒット
しマルコも吹き飛ばされ壁に激しく打ち付けられた。
「く・・・・・そ・・・・・。」
ジークは再び斬りかかろうと立ち上がる。大男の視線の先にエルマがいる。エルマは「Ｊ＆Ｐ」を構
えてはいるが、ぺたんと座り込んで、銃撃もままならない様子だ。このままでは、エルマが危険であ
る。ジークが、残る衝撃を無視して大男に向かおうとしたその時―――
「あ〜！？セルゲイ！！あんた何してんのよ！？私達は帝国みたいに暇じゃないんだから、さっさと
帰るわよ！どこ行ったかって探してたのよ！？」
若い女の声がする。
その方向にジークが向くと、暗闇から大鎌を担いだ女が現れる。
見た目の年齢的には女の子というほうが良いのかもしれない。大体ジークと同じくらいの歳に見える
。服は上は黒いブラウスで下は黒いミニスカート。フリルが付いていたりするところを見れば、いわ
ゆるゴスロリファッションという奴である。かなり大きい十字架のペンダントをつけている。
黒味がかかった銀髪に、青い目、少女人形のような顔立ち。透き通るような肌の色に華奢なボディラ
イン。薄暗い通路でもはっきりとわかる。
一般的には美少女というのだろう。だが、破れた右袖には鎖が取り付けられ、担いだ大鎌に繋がって
いる。さらに、二の腕に黒いベルトが締め付けられ、千切れた鎖付きの首輪までつけている。戦闘中
にそういうところを見ると、かわいいとかそういった考えが完全に吹き飛ぶ。
「リーザメルクか・・・・・。俺は迷子になったなんて一言も言ってないぞ？」
「私だって言ってないわよ。あんたが勝手にいなくなっただけでしょ？」
大男と話していた鎌女はふとマルコに気付き、その方向に歩いていく。
そしてついでに、エルマにも一瞥をくれて一言放つ。
「ふぅ〜ん。この子達、もしかしたら使えそうじゃないかしら？ねぇ。どうせ、帝国は見つけ次第殺
すと思うからさ。連れて帰りましょう。荷物持ちお願いよ、セルゲイ。」
と言って、来た道を引き返そうとする。
そして、大男は二人を担ごうとエルマに近づいていく。
徐々に大男との距離が縮んでいくエルマは後ずさりしながらも、「Ｊ＆Ｐ」を撃とうとトリガーを引
く。
だが弾が出ない。全弾撃ち尽くしていたらしい。
ジークは痛む体を無視して全力を振り絞る。
「くっ・・・・・・！マルコと・・・・・・エルマから・・・・・離れやがれええええええぇぇぇぇ
ぇぇぇぇぇっ！！」
ジークは叫んで大男に立ち向かう。
（ここでやられたら仕方が無い。だが、友は奪わせはしない！！）
そう心で叫び続けた。さっきの攻撃に恐怖した自分にムチを打ち全力で大男に斬りかかりに行く。
ジークが斬撃の体勢を整え、剣を振ろうとするまさにその時だった。
ジークの視界に黒い人影が飛び込んでくる。
（何！？）
ほんの一瞬だった。ジークが影を認識したと同時に振った剣は、影の主によって弾かれる。
ジークは弾かれた反動で、後ろに飛ばされた。
弾いた主は
「な・・・・・・。バカな・・・・・・。」
全力で剣を振ったはずだった。今までで最速だと思う位の剣速で剣を振ったはずだった。なのに、相
手は呼吸一つ、表情一つ乱さずたったワンテンポでジークの剣を弾いてしまった。
驚愕の表情を浮かべるジークを見て、リーザメルクが口を開く。
「そんな満身創痍で剣振ったって、たかが知れてるわよ。それに、確かにかなりの剣速だったけど、
私だったらあの程度は簡単に捌けるわ。」
「何・・・・・だと・・・・・。」
ジークは新人とはいえ王国内最強の剣士だった。そのジークが今雑魚扱いにされている。
さらに驚愕するジークを見て、リーザメルクが急に表情を変えて口を開く。
「でも、そんなことはどうでもいいわ。とにかく、アンタは今邪魔よ。消えていて。」
そう言うと、リーザメルクがジークにはわからない言葉を発す。
最初は何かわからなかったが、その調に思い当たる節を見つける。
（こいつ・・・・・！！アルテミアか！！）
『צְ׳נְִשׂוֹמָרְִשְִׁקָמָגָצְ׳אוֹקָקֵירוּ אָאָקְִמְִיוֹיָמְִנְִאְִזָאְִתָמָהֵייָ』
「くそっ！！」
ジークが詠唱を止めようと立ち上がるが間に合わない。
「デスパイト・クラッシュ！！」
リーザメルクが大鎌を振るう。
そして、その刃先から水色の衝撃波がうなりをあげて飛び出し、ジークの足元で炸裂する。衝撃
波自体が衝撃を放つ。あまりの衝撃にジークは出口階段までの３０メートルくらいを吹き飛ばされる。
壁に打ちつけられた凄まじい衝撃にジークの鎧は粉々に砕け散る。
ジークは何とか顔を上げる。背骨は折れていないようだ。
だが、目の前３０メートル先はリーザメルクの放った衝撃波で地下通路自体が崩れ落ちてきていて、
近づくどころか、マルコ達のの様子を見ることさえかなわない。
「・・・・・マルコ・・・・・・エルマ・・・・・・！！」
ジークは虚空に向かって手を伸ばす。
「くそっ！！くそっ！！くそおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ！！」
再び広がる認めたくない現実にジークは絶望する。
家を失った。国を失った。主君を失った。友も失った。そして、王宮内でコロシュタイン＝ムカーウ
ェルと戦っている両親も死んでいるだろう。
ジークは全てがどうでも良くなってくる。
心が死んでしまえば、こんなにも苦しい思いをしなくても済む。
（だが・・・・・！！国王の為にも・・・・・。この世界の人々のためにも・・・・・。俺がこの世
界を帝国から取り戻してみせる・・・・・・！！）
心の中で別の声がジークを激しく激励する。
ジークは何とか戦えるほどに痛みの引いた体で立ち上がる。
そして、満身創痍の体を引きずって出口階段を上る。一人では無力だとわかっていても、男には守り
通さなければならないものがある。ジークは悲しみを堪えて外に出る。
ジークが地下通路から脱出して、隠し撥ね戸を上げると夕方になっている。
だが、その光景はジークの知るものではなかった。
辺りに家が一つも見当たらない。
王宮の位置を考えると、市街地の真ん中だろう。
だが、まともに建っている家が無い。３６０度どこを見回しても瓦礫の山だ。
「そんな・・・・・。これはまさか、街の人も皆殺しなんじゃ・・・・。」
確かに辺りに人の気配が無い。
帝国側の兵士すらいない。撤退したのだろうか。
ジークは「市街地跡」を少し歩いてみる。
料理店、花屋、魚屋、野菜屋、民家。何もかも無い。
ところどころ、帝国側の兵士に殺された民や兵士が倒れている。
（まさに悪夢の光景だな・・・・・。）
確かにそうだ。
３時間ぐらい前、この街は賑わいかえっていた。しかしその面影は今や全く見られない。そう。ただ
の廃墟。本当にここまでやる必要があるのかと思うと、ジークは腸が煮えくり返る思いがする。自分
の故郷をここまで蹂躙されて黙っているほど冷徹な男ではない。自分ではクールを装っているつもり
だが、こういうことに怒りをあらわにするしかできない。
ジークが歩いていると、前方に瓦礫の下敷きになった人の腕が見える。
最初は瓦礫の下敷きになって犠牲となった人かと思ったが、近づいてみてみると微かに動いている。
ジークは慌てて瓦礫をどける。量から言ってそれほど多くは無い。頭を打ったのでなければ生き残っ
ていた可能性だってある。
全ての瓦礫をどけると、金髪の少女の全身が現れた。
髪の色は金といってもジークのような暗い金ではなく、ライトゴールドとでも言うべきなのか、かな
り明るい色の金。肌は光り輝くような肌色。いわゆる美肌という奴だろう。それに見た目からして滑
らかである。何か乗せたら滑り落ちそうだ。小柄なわけではないが、腕も足も線が細いのでかなり小
ぶりな胸が全く違和感を感じさせない。また、彼女が着ている青いワンピースが瓦礫が落ちてきた時
に破れたらしく、そこから露出している肌が少し色っぽい。彼女を一言で表すなら光。光り輝くよう
な印象だった。
少し見惚れていると
「ぅ・・・・・。何が・・・・・。」
と言って上体を起こし、ジークのほうを向いた。
初めて顔を見たが、結構整った顔立ちだ。金色の瞳が更に光のイメージを強くしている。ちょっと長
めの髪がこの上なく合っている。
少女ははじめ頭が回らないのかボーっとしていて、周りの状況が見えてないらしいがジークと目線が
合った瞬間突然目が覚めたようにジークの肩をつかむ。
「ねぇ！！ジャックは！？帝国軍はどこに行ったの！？」
「お、おい・・・・。ジャックってどのジャックだよ？恋人か？」
純粋に疑問に思ったジークは聞いてみるが、どうやら全然違ったらしい。
少し表情を硬くして再びジークを問い詰めてくる。
「国王直属騎士隊隊長のジャック＝イクスフォードよ。知らないの？アルミナの人なら誰でも普通知
ってるよ。それとも、ここの人じゃないの？それに、帝国軍は・・・・」
ジークは信じられない言葉を聞いた。この国の中に王族やカスミ以外に自分の父親の名前を呼び捨て
にする人物を見た事が無い。なにか密接な関係が合ったらしいが、ジークはそんなことは一度も聞い
たことが無い。
「『ジャック』って・・・・・！！お前、俺の父さんを知ってるのか！？」
ジークは慌てて聞き返す。
「父さん・・・・って、あなたまさか―――」
少女が言いかけたところで突如、かなり離れたところにある王宮が地を劈く大轟音を上げて大爆発す
る。王宮を形作っていた石の破片が次々と二人の下に降りかかってくる。これで間違いは無くなった。
ジャック＝イクスフォードはコロシュタイン＝ムカーウェルと戦って死んだ。覚悟していたこととは
いえ、自分の知り合いが皆死んでしまったことはかなりつらい。
「くそっ・・・・。父さん・・・・・。」
「え・・・・・？じゃあ、ジャックは・・・・・？」
「ああ。あの中で戦って死んだ。間違いない。」
「そっか・・・・・・。」
確かに両親までもが死んでしまい、悲しかったジークだがこんな廃墟で二人黙り込むのはいささか見
苦しいし、気まずい気がしたので少女に疑問に思っていたことを聞こうとしたその時―――
「やっと見つけたぜ。間違いないな。金髪金目の女。こいつが目的のアルテミアか。」
どうやら爆発に気を取られて、気配を気取れなかったらしい。２０人くらいの帝国軍兵士が後ろに構
えている。ジークの体力を考えれば絶望的な状況だ。
「男が一人いやがるけど楽勝だろ。」
帝国側の兵士はジークを嘲る。今のボロボロの服に剣を一本持っているだけの姿では、かなり弱くて
脱走した兵にしか見えないのだろう。しかし、ジークは立ち上がって帝国の兵士に問う。
「貴様ら・・・・・。アルミナが滅んだ今、ここには用は無いはずだ。まさか、さっき『目標の』っ
て言ってたのはこの子を連れ去るためだけに王国を滅ぼしたとでも言うのか！？」
「はっ！貴様らだってよ？まあいいや。正規軍の連中はただアルミナを滅ぼしに侵攻したと思ってや
がるんだろうが実際はそうじゃない。さっきも言ったとおりアルテミアだ。それも相当に能力の高い
やつだ。俺達に課せられた任務は、そいつを奪って帝国が使えるようにするってもんなんだ。もう十
分知ったろ？とっとと死にな。」
そう言うと、敵兵の一人がジークに近づいてきて斬りかかってくる。だが、いくら満身創痍とは言え
適当に振った剣で斬られるジークではない。簡単にはじき返し、逆に斬り伏せる。
そして、真っ直ぐに立ち兵士達に向かって叫んだ。
「俺は元国王直属騎士隊の騎士だ！！王国が無くなったといっても、アルミナの生き残りのこの子は
連れ去らせはしない！！」
そう叫んで、敵の群れに突っ込む。剣技が上回り最初は圧倒していたが、やはり痛んだ体では押され
てくる。だんだんと、後ろに下がっていくジークは一人の兵士の蹴りで吹き飛ばされてしまう。
ジークは立ち上がることが出来なくなっていた。今までに体力を使い果たしすぎたのだ。もう終わり
かと思われたその時、少女が駆け寄ってきた。
「ねぇ！私と契約して！私が魔法であいつらを倒す！！」
「だ、だが・・・・。俺達はまだ出会ってすぐな状態だぞ。そんなんで・・・・。」
「でも、このままじゃ二人とも死ぬしかないよ。それに、あなたは生き残りの私を何としても護って
くれるって言ったでしょ？だから・・・・・！！」
「・・・・・・。わかった・・・・・・。そこまで言うなら契約しよう！！」
「それじゃあ、左腕を出して。そこに、私の契約印を刻み込むから。」
そう言われたジークは腕を差し出す。
今までパートナーを付けなかったジークにとって初めての瞬間である。
なぜだかとても緊張する。
そこでジークは大切なことを思い出す。
（そういや・・・・・こいつの名前まだ聞いてないな・・・・・。）
名前を聞いてなかったことを思い出し、先に口を開いた。
「そうだ！お前の名前、聞いてなかったな。なんて名前なんだ？どうせ契約するなら、名前ぐらい知
っておきたいんだ。」
「そうだね。私はエリス。エリス＝メイドール。」
「そうか。俺は・・・・・」
ジークも名乗ろうとするが、エリスが口を挟む。
「ジーク＝イクスフォード。知ってるよ。ジャックはいつもあなたのことを話してたから。」
そう言うと、エリスは線の細い指でジークの腕に触れる。
すると、二人の周りから眩い光があふれ出る。そして、天をも貫く光が二人を包み込む。きっと誰か
が遠くで見ていたら雷か何かが落ちたのだと勘違いしそうだ。
眩しい。そしてとても熱い。ジークはほとんど身動きが出来ない。エリスの方を見るとエリスは目を
瞑って精神集中しているようだ。辞書で見た言葉を使うなら、無我の境地に至るために精神統一をし
ているようだ。そしてついに、エリスが何かを唱え始める。
『קְִזָמְִקוֹמָןגֵינשְׁיוֹנוֹקְִאוֹקוּ קָמְִהָשֵׂיאְִנָרוּהְִקָרְִאוֹאָתָאֵיתָמוֹאוּתָ קָקֵישְִׁיָמְִאוֹתוֹמוֹנְִשָׂגָשְִׁמוֹתוֹמֵין』
「くそっ！！契約されてしまっては、回収の任務は果たせない！！おい、てめぇら！！なんとしても
契約を阻止するんだ！！」
帝国の兵士達が一斉に二人に襲い掛かる。
だが―――
『נוֹ יוֹ תֵיקְִאוֹצוּרָנוּקֵי』
既に遅い。さっきまで二人を包んでいた光が突然消え、立ち上がって敵を見据えているエリスの姿が
ジークに映った。どうやら契約は成功したらしい。ジークは自分の左腕に螺旋を描く白い龍の紋章が
刻み込まれているのに気付く。ジークはジャックに付いていた契約印以外を初めて見た。
ジークが前を向くと、エリスが詠唱の言葉を唱え始めていた。
『נוֹ יוֹ תֵיקְִאוֹצוּרָנוּקֵי』
契約の成功を確認した兵士達は、何としてもエリスを奪おうと契約者であるジークを殺そうと突っ込
んでくる。
「フラッシュアロー！！」
そう叫び手をかざしたエリスの手のひらから、数本の光の矢が飛び出す。
その矢は兵士達に向かって飛び、敵兵はかわす事も出来ずにそのまま直撃。即座に次々と戦闘不能に
なっていく。これがアルテミアが戦場に出されると普通の兵が苦労する理由だとジークは再認識させ
られが。
実際、アルテミアの魔法を落ち着いてみたのが初めてのジークはエリスの魔法に感動する。
（凄い・・・・・！これが、アルテミアの魔法・・・・・！！）
一言で言うと華麗だった。
美しい光の矢を操る美少女。言葉でたとえるなら、戦巫女とでも言うのだろうか。見とれてしまいそ
うだ。
だが、現実というものは厳しい。
一人だけ矢をかわしたのがいて、まだ走ってきている。
もう二人まで５メートルをきっている。エリスの魔法の詠唱は間に合わない。本人もそれに気付いた
のか後ずさりし始めた。
こうなるともう、ジークが直接戦うしか残された道はない。ジークは最後の力を振り絞って、立ち上
がる。
下肢に力を込め、全力で地面を蹴った。
いつもなら余裕だ。だが、今は全身へのダメージが大きく剣を持つのもままならない。体中が―――
肉体だけでなく、心も、骨も、頭も―――ジークに休めと叫び続けている。
（だけど、弱音は吐いてられない・・・・・！せめて、生き残ったエリスは俺が護る！！）
ふらつく体で精一杯にバルムンクを握り、最後の斬撃をくりださんと全力で剣を振る。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ！！！！！！」
ジークは渾身の一撃をバルムンクに乗せて敵に叩き込む。
そして兵士とすれ違う。確かな手ごたえがあった。自分が斬られた感覚は無い。
振り向いて確認してみると、最後の一撃は敵の剣を砕き、敵兵を両断していた。
どうやらこの場を凌ぎ切ったらしい。
ジークもエリスも安堵の表情を浮かべる。
緊張の糸が切れた。限界を超えた力を発揮した肉体はもはや立つこともかなわない。ジークはその場
に倒れこんでしまった。勝利の余韻に浸っている場合ではないのだが、実際一歩も動けない。こうし
ているのもジークは悪くないと思った。
何とか体を動かしてエリスの方を見ると、こちらの方に近づいてきている。そばまで来ると、エリス
が座り込んでジークと話しやすい位置に顔を合わせる。
「そんな体で無理して・・・・・・。でも、ありがと。助かったよ。」
エリスは微笑を浮かべて素直に礼を述べる。疲れきったジークにはその微笑が美しい女神の笑みに見
えた。別に惹かれたとかそういうのではないが、何か癒される顔だ。
「いや。助かったのは俺の方だ。お前のの魔法が無かったら、俺は今頃肉塊だろうからな。」
「私は最初から契約してもいいって言ったのに。」
と文句を言いながらも、ジークに肩を貸して立たせてくれる。今の一撃でほとんど動けないジークに
は凄くありがたい。
「うぅ・・・・・・。ジーク、重い・・・・・。」
まあ、エリスの力ではジークの体重を支えるのは少し無理があるかもしれない。かなりよろめいてい
る。さすがに悪い気がしたジークは、なるべく自分で立とうとがんばってみるがうまく立てない。仕
方ないからエリスには悪いけど、
「私達の故郷、消えちゃったね・・・・・。」
ふとさびしげな表情を浮かべるエリス。
その表情を見てジークは決意を固める。それはこの先を戦い抜くために必要な自己暗示だ。
（世界の人々のためにも、エリスのためにも必ず帝国からこの世界を取り戻してやる・・・・！！）
少年はこの日全てを失った。
自分の育った故郷を、両親を、友人を。
だが、新たに得たものもあった。
エリスとの契約。今は契約という形でしか繋がってはいないが、いずれは大切な仲間になっているだ
ろう。そして、唯一のアルミナの生き残りの仲間であるエリスを護っていきたい。
（そうだ・・・・・。とりあえずリセロ村に行ってみよう。父さんもあそこを潜伏先にするって言っ
てたな・・・・・・。）
ジークはエリスと歩きだす。力の入らない歩き方なので、肩を支えるエリスもかなり辛そうだ。
沈みかけの夕日がただただ憎らしいほどに眩しい。
だが、ジークの戦いはまだ始まったばかりである。
第一章 おわり。
〜参考資料〜
かなヘブライ文字変換（ユニコード／テキスト版）
世界人名事典
〜あとがき〜
新作「Segment Of Altemia」１章です。
ちょっと今回はラノベとか意識してみたり。
にしては、えらく血なまぐさいストーリーになってます。
２章からはそんなことは基本的には無いので。
今作はたくさんの登場人物が登場します。
だから、キャラ名を考えるの凄く苦労する・・・。
まだまだ未熟者ですが、面白いと思っていただければ幸いです。